銅鐸

偶然に発見された大量の銅鐸

史跡加茂岩倉遺跡(かもいわくらいせき)は、島根県雲南市加茂町岩倉にある、弥生時代の青銅器埋納遺跡です。

1996(平成8)年10月14日、農道の工事中に大量の銅鐸が出土したことにより発見されました。

その後の発掘調査によって、銅鐸の総数は39個となり、1ヵ所からの出土としては全国最多となりました。

加茂岩倉遺跡は1999年1月14日に国の史跡として指定され、出土した銅鐸は1999年6月7日に重要文化財、さらに2008年7月10日には国宝に指定されています。


遺跡の立地

 遺跡は狭く長い谷の最奥部にあります。銅鐸は奥の南側に張り出した丘陵の南東斜面に埋められており、銅鐸出土地からの眺望はあまりよくありません。


銅鐸の埋納

銅鐸には「鈕(ちゅう)」と呼ばれる吊り手の部分から、左右に「鰭(ひれ)」と呼ばれる帯のような部分が続いています。加茂岩倉銅鐸は、この「鰭」を上下に立てるようにして埋められていました。銅鐸は、長辺2m・短辺1mの、ちょうど畳1畳分くらいの穴の中に、きちんと並べて埋められていたようです。


入れ子

加茂岩倉遺跡で見つかった銅鐸は、45㎝前後のものが20個、30㎝前後のものが19個の、計39個です。この大きい方の銅鐸の中に小さな銅鐸を入れた状態で埋められていたことがわかっており、これを「入れ子」といいます。

 このように「入れ子」にして銅鐸を埋納した例は、以前からいくつか知られていましたが、これらはいずれも後々に聞き取りをして確認されたもので、「入れ子」による銅鐸埋納が発掘調査によって明らかになったのは加茂岩倉遺跡が初めてです。


同笵銅鐸

同笵銅鐸とは、同じ鋳型で作られた銅鐸のことです。

加茂岩倉銅鐸では、15組26個の同笵関係が明らかになっています。


銅鐸の文様

銅鐸の文様は、大きく分類すると流水文(りゅうすいもん)と袈裟襷文に分けられます。加茂岩倉遺跡から出土した銅鐸は、流水文銅鐸が9個、袈裟襷文銅鐸が20個です。


「×」の刻印

加茂岩倉遺跡から出土した銅鐸のうち14個には、鈕と呼ばれる吊り手の部分に「×」の刻印が見つかっています。

荒神谷遺跡から出土した銅剣358本のうち344本にも同様の刻印がありますが、このような例は、この2遺跡出土の青銅器以外にはありません。直線距離にして約3.3㎞しか離れていない両遺跡の関係が気になるところです。


加茂岩倉遺跡ガイダンス

(休館日:火曜日・年末年始)

〒699-1115 島根県雲南市加茂町岩倉837-24

Tel:(0854)49-7885 Fax:(0854)49-7889